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カエルのケロケロレポート2001年5月5日
小児科学会主催 
公開フォーラム「小児の臓器移植はいかにあるべきか」

 

今日の空は五月晴れ。外はとてもぽかぽか陽気でとっても暖か。こんな日には、この春生まれたおたまじゃくしに足が生えるのでしょうね。けろけろっ。

今日のケロケロレポートは小児科学会主催の「小児の臓器移植はいかにあるべきか」。場所は東京女子医科大学弥生記念講堂。病院棟が立ち並ぶ一角に今回のフォーラムの講堂はあります。入り口で500円払っていざ入場。まだ新しいようでなかはとってもきれい。2階席もあってかなりキャパあります。舞台も広いし、座席もぴかぴか。まだ開場して間もなかったのに、もう大勢のギャラリーが集まってます。はじまる直前、果たして何人集まっているのか数えてみたんですが、挫折しました・・・。今日はそのくらいたくさんいらっしゃったのですよ。翌日の毎日新聞社会面にこのフォーラムについての記事が載ってましたが、約200人が集まったと書いてありました。ちなみに、同じ社会面の出来事コーナーでは、「ニコール・キッドマンと離婚したトム・クルーズが同性愛を否定」って記事が載っていて、今回のフォーラムと同等に扱われてました・・・。けろーん。

今回のレポートはタイヘンだあー。なにせ出演者の方々がハンパなく多いのです!しかもかなりの豪華メンバー。プログラムには書いてないのですが、ほぼ出演者とみなしていい方もフロアに2名ほどいて、なんか大盛りあがり。数えてみたところ、カエルが出演者とみなしている方は16人もいます。さらに時間もすごーく長いのです。途中、15分休憩が入ったものの、13:00−17:30までなんと4時間半もぶっ続け!ですが、今回のフォーラムはとってもおもしろかったのです。カエルはそのおもしろさをお伝えできる自信がないのですが、いちお頑張ってみますケロ。ギャラリーの方々はなにせ小児科学会が主催なもんですから、小児科のお医者さんが多かったようです。ある人々の固まりの横を通り過ぎたとき、プーンと病院のにおいがしたのでもうバレバレです(笑)。それに、白衣を着たままの方もいらっしゃいました。忙しい勤務の間を縫って、お隣の建物から来たのですね。

まず、主催した日本小児科学会の柳澤正義会長のごあいさつ。そして、柳田邦男さん(ノンフィクション作家)の基調講演。その司会進行は中村肇さん(神戸大学病院長)。しかし、カエルは基調講演という言葉の意味が分からなかった。うちに戻って辞書で「基調」を引いてみたところ、「作品や議論などの根底に存在する基本的な考え方」とのこと。つまり、ここでは「今回のフォーラムの土台となる提言」みたいな意味なのでしょうか。うむ、そういうことにしときましょう。

柳田さんの講演は今回が2回目。カエルは悟ってしまいました。柳田さんの講演テクを!前回もそうだったのですが、柳田さんは、お話の中に巧みにご自身やいろんな方のエピソードを織り交ぜてゆきます。そして会場に涙を誘うのです。今回もカエルはまんまとその罠にはまってしまい、おもわず涙がキラリ☆そして、柳田さんご自身も、時々声を詰まらせているのです。さすがノンフィクション作家の大御所。今回のレポレポは、柳田さんがお話したエピソードがとっても興味深かったので、そのまんま書きたいと思います。みなさま、柳田著の「犠牲(サクリファイス)」はもうお読みになりましたか?読んでない方はカエルにだまされたと思って、ぜひともお暇でしたら読んでみません?文庫にもなっております。ご子息を脳死を経て亡くされたそのままの体験が、美しい文章と鋭い分析で綴られております。森岡さんの「脳死の人」的な考え方を基本としたものですから、森岡思想がお好きな方は涙なくして読めないことでしょう・・・。

柳田さんは次男の方を25歳の若さで脳死を経て亡くされました。そして、ベッドサイドで、脳死状態の息子さんと対話したそうです。(←この辺のことを詳しく知りたい方は、「犠牲」にめいっぱい書いてありますよ。)次男が生前、病に苦しむ人々を助けられたらと骨髄バンクに登録していたこと等を考慮して、心停止後の腎臓提供に同意した。そのとき兄にあたる長男は「ただ弟の臓器を利用するというのではなく、病気で苦しむ人を助ける医療に弟が参加するのを、医師は専門家として手伝うのだ、というふうに考えてほしい」と言った。後にこの言葉を聞いた医療関係者の方が、「そのとおりです」と言って下さって、私はとてもうれしかった。柳田さんは言います。医療者は乾いた「3人称の視点」で患者・家族に接するのではなく、2人称の立場(家族)に寄り添いつつ、冷静さと客観性を失わないという意味をこめた、潤いのある「2.5人称の視点を」持つべきである。おおお、異議なし!そして、脳死状態を経て亡くなった人の遺族のエピソードを交えて語ります。1歳の子をインフルエンザ脳症で亡くした坂下裕子さんは「脳死状態とは、身を切る親子の別離を、猶予をもって行なうために与えられたせめてもの配慮なのかもしれない」と言い、「どこからか『心臓をください』と頼まれない時代にあることに安堵するのであった」とも言っている。柳田さんは、この「猶予」という言葉を強調して、猶予を与えられていたこと・ゆるやかな時間を与えられていたことが、グリーフ・ワークに大きな影響力を与えると言います。

ここで、ひとつターミナル・ケア(末期医療)の専門用語のお勉強です。グリーフ・ワークとは、残された遺族が悲しみを十分味わって、立ち直ってゆくプロセスのことです。同時に、彼らをサポートする人々も主語になりますケロ。

ふたつ目のエピソードは、5歳の忠孝くんを脳出血で亡くした吉川隆三さんのエピソード。この方も、柳田さんのケースと同じく、心停止後に腎臓提供に同意されました。なんとかこの子を救えないか、と考えたときに、この子の腎臓を腎臓病の人に提供すれば、この子は人の体を借りる形で生き続けられる。しかし、提供したレシピエントの状態は吉川さんには伝わってきません。まるで、忠孝くんが行方不明になってしまったような心境で、天国にも行けないで、どこか知らない所へ行ってしまったのではないかと悔いた。また、人からお金をもらったんじゃないかと言われたりして、一時は自殺まで考えた。しかし、15年後・・・高知で法制定後はじめて行なわれた脳死移植の際、TV局に匿名の連絡があった。その方は忠孝くんの腎臓をもらったレシピエントだった。「ターくんが生きていた!」・・・これは大変な15年間ではなかったか。ちなみに、このお話の吉川さんご夫妻は、この会場にもおいでになってました。そしてフォーラムの終わりごろに、会場からとっても深い発言をされておりました。詳しいことはのちほど。

そして、3つ目のエピソード。1歳2ヶ月の子を急性脳炎で亡くした筒井とも子さんは、来るべき死を受け入れていくという作業は、残される者にとってとても大切なプロセスと言う。この時間があればこそ、残される者たちは何もしてやれなかった空しさを抱えることはないだろうし、別れのショックを少しばかり和らげてくれる、と。時間という猶予の問題が、このエピソードでも大きな部分を占めている。柳田さんは、ご自身の体験と重ね合わせて、同じような体験をされた人々のお話を引用したのですね。

ここで話題は子どもの死の意識についてに移ります。ここでも柳田さんはエピソード満載です。白血病で亡くなった14歳のA子さんは、生前ナース室でカルテに書かれた「Leukemia」という単語を見て、自分が白血病であることを知ってしまった。しかし、自分が知ったということが両親が知ったらどれほど悲しむかと思い、両親の前では知らぬ顔をして、つとめて明るく振る舞った。両親は死後になって、同室の友達から真実を知り、大変なショックを受けた。また、もうひとつの子どもと死のケースがある。2歳の弟良太くんの死が近いことを、8歳の姉と6歳の兄は知るが涙が出ないという。そこで、医師は絵本『わすれられないおくりもの』を読んで、涙を流しながらこう説明した。「良太くんはよい子でも悪い子でもなく、病気で死んでしまうんだよ。病気でもなおらない病気がある」涙がでないという兄姉たちも涙を流していた。こうした2.5人称の視点へのエピソードをまたふたつ。ひとつは柳田さんのところにきた、医療を目指す女子高生からの手紙。私は読書をしていて、死について何もかも知った気になっていた。しかし、友人が死に、その死がどうしてもわからなかった。いないということがわからなかった。しかし、友人の母に接してはじめて友人の死を実感したという。ふたつ目は、神戸の少年A事件を担当した家裁判事のエピソード。遺族の両親が傍聴を申請したが、却下した。しかし、その後手記を読み涙を流した。却下の判断は必ずしも正しくなかった。ほとんど「懺悔」のような口調でこう述べておられる。「再び同じような事件を裁くときは、被害者の両親を法廷に入れ、日記やアルバムを開いたりして、被害者を偲び、その場で加害者が更正の決意を述べるようにはかるだろう」このベテラン判事は、視点をより被害者の立場へと2.5人称へ移動した。

柳田さんは、結論としてこう述べています。ドナー家族の心の支えを調べてみると、死者の「意思」が推測であれ達成されたことが、その後残された者にとって決定的に重要であることがわかる。グリーフ・ワークを達成させる大きな要素は、死者の意思が達成されたこと。つまり、本人の主体的意思と家族の同意は、不可欠の必要条件である。子どもの脳死移植が困難なのは、子どもの意思や死生観が不明だということ。大人は子どもにはわからないと勝手に思い込み、命に関する会話をおろそかにしているのではないか。本当に親や医療者は全身全霊をもって、子どもと命や死に関して対話をしているのか、そのことが問われる。子どもであっても、自分の考えを表明する権利があると思う。もちろんそれは乳児期にさかのぼることは困難。子どもの死の真の姿を認識した上に、社会的なインフラの整備をすることが重要なのではないか。ごもっともであります、ケロ。今回の柳田さんの講演はかなり濃密でした。思わずいっぱい書いちゃったカエルでした。

引き続いて、お待たせしました、4人のパネリストのみなさまの登場です。まずはひとりずつ15分間スピーチしてました。トップバッターは森岡正博さん。黒の長袖Tシャツにベージュのズボンというお召し物。出演者の方々は森岡さん以外は女性も男性もみーんなブレザーを着用していましたけろん。森岡さんのお話のポイントは「家族や親権者の大人は、子どもの声をもっと聞こうよ」ということでした。森岡杉本案というのは、完成型ではなく、これからもっと議論をしていくためのたたき台。この案の精神は、臓器をあげたいと思っている子どもから臓器をもらいたいと思っている子どもに臓器をあげるのが一番いいのではないか、ということ。日本の臓器移植法は死の選択を認めている法律。私はこの点において、世界に誇れるとおもっている。最近では特に海外の専門家が日本の臓器移植を評価するようになってきている。現行法の枠組みを変えるべきではないというのが私の考え方。私はこの考え方を世界に発信していきますし、実際インターネットで行なっています。そして、森岡さんは今年「中央公論」に発表した論文を引用しながら、子どもの場合の脳死は、大人と特に異なることを強調します。子どもが脳死になった場合、心臓はすぐに止まらないことが多くある。脳死状態になっても身体の統合性がとれている場合がある。しかし、1992年の脳死臨調の最終報告書では、脳死をこう定義している。「身体の統合性が失われ、数日の場合に心停止に至る。もはや人の生とは言えないというのが、脳死という状態だ」と。当時の脳死臨調では、そのように医学的に否定した。けれども、それは間違っているんです。医学的な検討を専門家ははじめなくてはならない。森岡さん、大勢の小児科医を前に熱く吠える!そして、先ほどの柳田さんの講演はとてもおもしろかったとも。 子どもは親の意見に左右されるから信用できない、子どもはそもそも意思能力がないのだと言われるが、本当はどうなのか。12歳にはできるかもしれないが、2歳の幼児にはどうするか。何も言っていない子どもから親の一存で子どもの臓器を取り出していいのか。そして、何があれば子どもの意思表示とすべきなのか。とりあえず今は「ドナーカード」だと思っていますが、私はアイデア出尽くしてしまったので、みなさんに教えてもらいたい、とも。今回森岡さんは、ひとつの大きな哲学的問いをボソッと発してました。つまり、「子どもの命は誰のものなのか」ということ。深いです。電脳の沼のように深い問いであります。

お次は、関西医科大学小児科の杉本健郎さん。この方は「脳死の人」巻末で、森岡さんと対談されてた方ですね。そして「着たかもしれない制服」という本の著者の方でもあります。 タイトルのように、杉本さんは小学校入学直前のご子息を交通事故で、脳死を経て亡くされてます。そして、柳田さん、吉川さんと同じく、心停止後に腎臓提供に同意されました。杉本さんのお話もとっても興味シンシンでした。お話自体は深刻なものなのに、杉本さんはというと、話し方がものすごくパワフルで関西的なオモロイ方。(杉本さんはこれまで2回、東京で講演されたことがあるようです。01/05/26 カエル)まずは、体験を振り返ってこうおっしゃってます。息子は交通事故で京都の救命救急センターに運ばれた。そこは当時としては最先端のところで、16年前だけれどとりわけ古い治療をしていたということではない。そうではないのだが、そこで行なわれた脳波の取り方や脳死診断のひとつひとつは、非常にデタラメでいいかげんでした。杉本さんご自身が小児神経科医という専門の方だから、わかってしまったのです。声を上げたかったが、言えなかった。なぜなら僕は患者の親で、枕頭の(=付き添いの)人間だから。もうひとつ、親の立場から言わせてもらうと、薬の量が減っていく。そして、勝手に脳死診断をされる何度も何度も脳波を取りに来る。別に頼んでいるわけじゃないのに。医者だから見えるし分かるんです。でもわかってても言えない。16年前と変わってきたでしょうか。国立小児病院の阪井さんのところでは変わっていると聞き感激しました。柳田さんのお話にもあったが、枕頭看護をする者は悲惨な状況を一生懸命耐えながら、子どものベッドに食らいついている。そんな3日間でした。モニタがピッピッとうごいているが、それが平坦なストレートになるのが親としてすごく怖かった。目の前でそれを絶対起こしたくない、という変に確信めいたものが3日目になって出てきた。そこで思いついたのが、移植だったわけです。そこで、問題となるのが、さっき森岡さんの言った「親の一存で臓器を取り出していいのか」ということ。これです。これを未だに引きずっています。僕らの勝手であったんです。しかし、この決断には、悔しさ・悲しさ・寂しさを何かで払拭したかった気持ちがある。その代償が移植です。この気持ちを理解していただきたいとは思うんですが、じゃあ、子どもの立場はどうなるのか。森岡杉本案は自分の名前をくっつけただけなのだが、この案を世界に向かって言うことが、自分の子どもから受け継いだひとつの使命だと思っています。ううう・・・、感動的です、杉本さん。またもや涙がキラリ☆そして、杉本さんは、子どもはいろんなシグナルを送っていて、それはひとつの意思表明だと言っています。いま僕は寝たきりの子どもの障害児医療をやっている。こんな状況で意見表明できるわけないじゃないか、というのはおかしい。切り捨てはおかしい。我々プロはそのサインを見逃してはならない。我々プロが環境を整備して、キャッチするための努力をしなくてはならない、と思っている。

そして次に、杉本さんが小児科のお医者さんに行なっているアンケートの暫定的な結果報告です。翌日の朝日(Web)にも毎日にも、杉本さんが行なったこのアンケートの結果が大きく取り上げられていました。大まかに言いますと、以下の通り。

子どもからの脳死移植が必要 はい72.6% いいえ12.6% わからない13.4%
町野案の主旨に賛成

はい34.0%

いいえ50.1% わからない14.8%

 

お次は、森岡さんの天敵(笑)、お馴染み町野朔さんです。 ものすごい早口で、一文も長いし、おまけに内容も難しいしで、カエルなかせのお方です(泣)。朔(さく)さんだけに、話っぷりもサクサクサクサク・・・。とにかく、町野さんは 「小児の権利の侵害がないところで行なわれないといけない」と言いつつも、「子どもが反対しない限り、遺族の承諾だけでよしとしているのは妥当であると考えています」と、ご自分のご意見を貫いておられます。そして、Japan as number1とは思わない、とも。

そしてお次は、国立小児病院の恒松由記子さん。この方は、ゴリゴリ町野的なスタンスです。「いま町野さんのお話を聞いていると大変すっきりしていていいのではないか」といきなりきました。カエルは「どこがじゃ!」とつっこみ入れたくなりましたとさ。

カエル、2つの点において、この方を斬って捨てたいと思います。まず、一つ目。ご自分でも言っているように、「脳死のことは勉強してない」ということ。2つ目。自分が小児科医だからって「子どもをわかってるぶっている」ということ。この2点に尽きます。町野さんに同意しているくせに、この人はスピーチで脳死問題について全く触れませんでした。その代わりに、自分が行なってきた子どもたちに対するガンの告知についての報告をしてました。けれども、この人からは柳田さんのような思慮深いと思われる考察は全くありませんでした。果たして、この人は町野さん以外の柳田・森岡・杉本のお話聞いてたんでしょーか?そして、それについてどー思ったんでしょーか?

何しろ、この方、「小児ガンを克服してしまった子どもたちは非常にあっけらかんとしていて、医療に対して全く無批判で、生と死を考えるところまでいっていない」「子どもは生と死について真剣に考えていない」などなど、すべて断定調で決めつけてかかってます。確かにそれは、小児科医として30年やってきたご自分のリアリティなんでしょうけど、カエルにとっては不遜な発言としか聞こえませんでした。また、キューブラー・ロスを自分の主張を補強させるために安易に引用して、「子どもは死に対面して、一刻も立ち止まったりしない」等。つまり、この方の主張は「子どもは状況に流されやすいから、生やら死やらなんてわかるわけない」ってことだろうと思います。別にキューブラー・ロスを引用することは何の問題もないですけど、ロスが著書の深いところでもっとも批判しているのは、恒松さんのようなそういう「大人の決めつけの態度」そのものでしょう!!読解力のないそんな人が、よくまあ子どもの代弁者ぶってえっらそーに語ってるものだ、と感心しましたとさ。げこげこ。他人のリアリティに、あれこれ文句は言いたくないですが、あまりに想像力が欠如されてるようなので、怒り散らしてみました。このような人々に欠けてるのは、哲学用語でいうところの「他者」なのかもしれません。自分は子どものことを分かってるのさ、へへへん。っていう、出所不明の自信は、どうにかしてほしいものです。そうそう、この人は、こんな意味不明なことも言ってました。「昔自分が医者になりたてのころ、白血病等で死んでいく3歳くらいの子どもでも、自分の死についてよくわかっている時代があった」んですって。唐突に理由も述べずにそんなことを言うもんですから、カエルはついていけません。いったいどーゆー時代なんでしょう。ケロケロ。わけ知り顔した自分の姿に無自覚な人こそ、子どもをもっとも見くびってかかっているという事実を、冷静に受け止めた方がいいでしょう。 カエル、法律家だからって、医者だからって、妙な人には容赦しないと心に誓いましたケローン。

・・・・とここまで書いて、少し疲れてしまったカエル。ちょっといきり立ちすぎかも・・・。言い過ぎた点はごめんねケロ!ここで、お次のコメンテータの方5人の方の発言は少し省略して、気になった方のお言葉だけを取り上げたいと思います。休憩をはさみ、舞台には柳田さん、そしてスピーカーの4人の方々、そしてコメンテータの5人の方々がずらり一同に並ばれました。こうして並ばれたところを眺めてみいると、うーん、これは豪華なメンバー・・・!

曽根威彦さんは早稲田法学部の先生です。この方のお話は、法律の立ち入ったものだったので、無知なカエルには理解不能だったのですが、聞き取れたところだけ。彼は、小児脳死移植に関して「これをひとつに無理に束ねるのは本当に困難なこと、個人としてしか言えないのがこの問題だ」と言ってました。弁護士の鈴木利廣さんは、町野さんを軽く牽制。この方は、臓器移植法ができた3年前に「あいまいで変な法律」だと感じて文章を書いたこともあるそうなんですが、今は「よりよい選択なのではないか」と思うようになったそう。つまりこの法律は、脳死を人の死とすることに大きな躊躇を覚える人の、矛盾・ジレンマの中での解決ではなかったか。小児の移植は、現行法を浸食せずに行なうべき。そして、町野さんと自分とは、

町野 「脳死を人の死と認めて、生きている時の意思を尊重しよう」
自分 「生きているのか死んでいるのかまだわからないところに、生きている時の意思を尊重しよう」

という、自己決定権の捉え方の違いが大きなポイントとしてあるのではないか、と法律の専門に立ったコメントをされてました。

朝日新聞編集委員の田辺功さんは、とっても森岡的傾向。けれども、知っている方は知っているあの人にも近い発言をされてました。あの人とは、都立墨東病院救命救急センター医長の浜辺祐一(濱邊祐一)さん。この方はてるてるさんをはじめ、とってもファンが多い(であろう)お方。濱邊さんはかつて、こんなかっこいいお言葉を残しています。「取り出された臓器はジェット機で来るのに倒れた人はなぜ何時間も救急車で運ばれるのでしょう。もっと救急医療やりましょう(2000年4月18日脳死臓器移植シンポin議員会館〜)」そして、今回田辺さんも「僕は、みせびらかすように臓器だけを飛行機やヘリで運ぶな、救急の現場でも使用せよと常々言っている」そうです。

そうそう、こんなやりとりもありました。恒松さんが「脳死は小学校3年生くらいじゃないと理解できない」(もちろん断定調で。)と発言したのに対し、森岡さんが「私なんて、脳死がわかったのはつい最近なんですけど!」とすかさずつっこみ、場内爆笑。カエルもスッキリ。いいかんじです、森岡さん。

そして、会場からの声として、なかざわさんというレシピエントをたくさん見てきたお医者さんの発言も興味深かったです。「一部の人だが、レシピエントの家族すら臓器提供に同意しない。心臓を待っていたレシピエントの方が亡くなられ、その方の母親は心臓死のあとの病理解剖すら拒否された。けれども、同じく不幸にして亡くなられたあるレシピエントで、角膜を二人の方に提供し、光を与えられた方がいる」また、「どうか子どもたちを排除しないでほしい」とも。この方の発言はどれもこれもとっても深かったです。そして、森岡さんもこうレスされてました。「レシピエントの親のエゴイズムはタブーです。今日言おうかなと思いましたが、なかざわ先生に出していただいてすごくよかった。よく覚えていないが、ある臓器を待っている子どもの親のHPに、うちの子が脳死になったときにこれは死だとは思えないだろうな等と書いてあった。自分の子どもの脳死は認めない一方、他人の臓器を望む。それがダメだということではなくて、それが人間というものなのかと思う。そこまで考えなければ、小児移植は語れない」うーむ。深い・・・深い・・・。このなかざわさんと森岡さんのやりとりは、フォーラム後日、森岡掲示板でも話題にのぼっていましたね。

そして、もうひとつ会場からの声で印象深かったのは、柳田さんもお話されていた、15年経ってようやく息子さんのレシピエントが生きているとわかった吉川隆三さん。「私たちはレシピエントを助けようと思って臓器提供に同意したわけではなかった。どこかで誰かの体の中で、この子が生きていけると思ったから。子どもの意思でなく、私たちの意思だったから、気持ちは引きずっている。議論していると、あれでよかったのかな、と後ろめたくなる。けれども、生きていると知って、自分たちの意思が達せられたことで非常に救われている。レシピエントの方々は『私の体の中で生き続けませんか』という呼びかけができないか、と思う」これまた、深い深い・・・。なるほど、そういう呼びかけが可能かも!と非常に胸を打たれたカエルです。重たい言葉でございます。

今日は、異なる意見が飛び交って、ほんとにほんとに充実していたフォーラムでした。マジで楽しかったし、いろいろお勉強になりました!ちなみに、休憩時間中(約15分)の森岡さんのところにはいろんな人がひっきりなしに訪れていて、その数およそ20人近くではないでしょうか。カエルはしっかり、チェキ・ラしておりましたよ。次々と人々が、自己紹介&名刺交換。たぶん上智のマシア先生ではないかと思われるお方が「森岡さん、そう言い続けて下さい」とすてきに激励されてました。マシア先生、超かっくいいっす!あとで森岡さん自身に確認してみたところ、やはりマシア先生ご本人だったそうです。森岡さんには強い味方がいらっしゃいますね。

ということで、長〜〜かったケロケロレポートも、もうおしまい。次は、どこに出没するやら。読んでくださってありがとけろけろ。

 

01/05/26 訂正
スギケンさんこと、 関西医科大学小児科の杉本健郎さんの記述に関して訂正しました。と、いうのも、杉本さんご本人から指摘をいただいたのです。スギケンさん、こんなお粗末なレポレポを読んで下さったのですね!ううう、うれしいけろ。それにご指摘どうもありがとうございました。カエルはこれまで、レポレポに登場しているお方がこれを読んでいらっしゃるとは想像しておりませんでした。と、いうことは・・・・。インターネットすごすぎです。

 

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