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カエルのケロケロレポート
2002年7月×日

森岡さんの特別講義 in 慶應大学

 

*まえがき

行ってきましたよ、三田にある慶應大学へ。こちらで森岡正博さんが授業を行なうという情報をゲットしたボクは、東京大学に続いて慶應大学に出没。東大、慶應といえば日本有数の歴史ある大学です。
奇妙に偏差値の高い学校が続きますケローン。

しかし!です。ボクはそこに天と地ほどの開きを発見してしまったのです。共に歴史ある大学とはいえ、東大と慶應では学びの環境に大きな差があったのですケロ!

慶應大学の森岡さんの特別授業が行なわれたのは、とってもキレイな大教室。マイクの調子は絶好調、自然光がやわらかに注ぐとっても大きなガラス窓、机は傷ひとつなくぴかぴかで、椅子は座り心地を考慮したカバー付き。つまり、音響よし、照明よし、机椅子よしの三拍子揃った素晴らしい教室なのです。さらにカエルが感動したのは、教卓の後ろに位置する電動で上下する巨大ホワイトボード。また、授業中には巨大スクリーンがうなり声ひとつあげず、おごそかに下りてきましたよ。ナウすぎます、慶應大学。東大とはエライ違いだなあケロ〜ン。

というのも、ボクが先日潜入した東大の教室(その時のカエルレポはこちら)は、音響設備が古いのか、マイクから出る音はこもっているし、クーラーは轟音を数分間隔で響き渡らせ授業を妨害するのです。また、教室に続く廊下は薄ら暗くて憂鬱で、重苦しい空気が立ちこめていました。唯一、評価できるところは、大正・昭和の香りをのこす重厚な建物と、そんな建物の入り口の扉が意外なことに自動ドアであったことくらいでしょうか。大正昭和にタイムトリップしたかのような古めかしい建物の扉が、自動ドアであったときの衝撃。それはそれは大きかったですケロ〜。そんなこんなで、慶應と東大の鮮やかな対比をお伝えしましたけろ〜ん。

でもでも、これはあくまでカエルの体験に基づいています。確かに、東大のどこかには慶應に負けないくらいナウい設備があるのでしょう。が、残念ながらまだボクは目撃しておりません。相変わらず辛口ざんまい、言いたい放題のボクでした〜。

では肝心の授業メモです。この授業も東大と同じく、いろいろな方を講師に招いて「人の尊厳」というテーマで語ってもらうというもの。森岡さんの前には、国会議員の水島広子さんも講師をされたそうです。今回、学生さんは100人くらいいましたよ。大教室の半分ほどが埋まっていました。

この授業で、森岡さんは4月に放送されたNHKスペシャル『奇跡の詩人』に対して、重大な問題提起をしていました。『奇跡の詩人』とは、放送から2ヶ月以上経った今でも現在進行中で物議を醸している番組です。歩くこともしゃべることもできない12歳の脳障害の少年、日木流奈(ひきるな)くんが、ドーマン法というリハビリプログラムを続けた結果、言葉を紡ぎ本を出版するまでになったというもの。そして番組放送直後に出版された流奈くん著『人が否定されないルール』はベストセラーになっています。

この番組がここまで物議を醸している理由はいろいろあると思うのですが、まず、流奈くんの言葉が母親の手を借りたFCによって紡がれているところにありますケロ。FCというのは、ファシリテイテッド・コミュニケーションの略で、介助者が身体的な介助をすることで、患者が文字盤等を触ってメッセージを綴るのを助ける方法のことです。問題となっているのは、流奈くんの言葉が本当に流奈くん自身が発しているものなのかということです。介助者である母親が、FCを使って発している言葉なのではないかという疑問が持ち上がってきているのですケロン。

『奇跡の詩人』についてもっと知りたい方には『モニャ★デザイン』さんのページがまとまっているので、おすすめですケロ。

森岡さんはこの授業で、ビデオの上映はしませんでした。が、森岡さんが番組内容を具体的に説明していました。『奇跡の詩人』はインチキだと決めつけずに、なるべく中立をこころがけながらしゃべっていたのが印象的でしたけろん。

以下、カエルの森岡さんの発言メモですケロ。


みなさん、どれくらいの人が『奇跡の詩人』を知っているかな?

(このとき、ざわつく教室。学生のみなさんは一斉に森岡さんの方に注目)

実際に『奇跡の詩人』の放送を見たことがある人どれくらいいますか?

(このとき100人中5人くらいの学生さんが挙手。ボクも実は見たことがあったので、どさくさに紛れて挙手したケロン)


ぽつぽついますね。私は、知人の方からビデオを送って頂いて、この番組を見ました。放送後、NHKには賛否両論の意見が届いたそうです。「感動した」という声と「信じられない」という声は半々だったと言います。確かに、この番組を見て癒やされたという声もありましたし、インチキではないかという声もありました。

NHKスペシャル『奇跡の詩人』放送直後、『人が否定されないルール』(講談社)という本が出版されました。そして、『奇跡の詩人』放送から2ヶ月経って、それに疑問を突きつける内容の『異議あり!奇跡の詩人』(同時代社)という本が出版されました。この2冊を読み比べて見て下さい。

(このとき教室前方の巨大スクリーンに、2冊の本の表紙がドーンと映し出される。すかさず書名をメモメモする学生さん)

流奈くんのご両親は、歩けるようになってほしい、よくなってほしいという一心で、朝から晩まで分刻みのドーマン法リハビリプログラムをしている。それはとても夫婦ふたりだけではできないので、ボランティアを募ってやっている。このドーマン法というのは、米国のドーマン氏という人が開発した脳障害児と健常児のための脳の発達をうながすプログラムのことで、時間も、人手も、お金もかかるんです。しかし、サイエンスの裏付けがあるものではない。いわば民間療法なわけです。それを講談社は書いていない。

お母さんの左手は、膝に乗せた流奈くんの左の手の甲の部分を、持つというより、上から覆って握っています。手はすごい早さで文字盤の上を動きます。

(このとき森岡さんは実際に自分の左手に右手を乗せて、その状況を再現)

普段の流奈くんのゆっくりした動作からはまるで想像が
つきません。お母さんが右手に持った文字盤が、素早く動いていることもあります。このとき、流奈くんの手を持つお母さんの左手より、この文字盤を持つ右手の方が激しく動いています。そして、文字盤を流奈くんの左手に叩きつけるかんじです。

(このとき森岡さんは持っていたルーズリーフを文字盤に見立てて、忠実に再現。両手を使って熱心に再現するあまり、マイクが持てなくなった森岡さん。司会の先生が見かねて、壇上に駆け上がってマイクをもってあげるという状態に。)

「お母さんが書いている」のではないかと非常に強く疑われるシーンです。あくまで間接証拠からですが。なお、介助者が文字盤等を使って患者の発語を助けるFCという方法に対しては、いくつかの国際的な学会から、人権侵害の危険性があるという声明が出されています。

検証本『異議あり!奇跡の詩人』はNHKの報道姿勢も批判しています。多面的な検証を行なっていなかったからです。報道の倫理の問題だから、これは当然考えてゆくべきことです。また、検証本では、日木家の家庭の問題には踏み込まないようにしようという意識が働いています。ドーマン法は、ご両親が流奈くんがよくなってほしいと思ってやってきたこと。お金をさき、時間をさき、この子を歩けるようにさせてあげたいと思ってやってきたこと。そんなご両親の気持ちがわかれば、大人の見識としては、外部からこの家庭のことを糾弾できない。

だけれども、このケースにおいては、ある種の児童虐待がないとは言い切れない。可能性は2つある。ひとつ目は、奇跡は本当に起きた。この子は本当に天才だった。ふたつ目は、流奈くん本人ではなく母親が言葉を指さしていた。もしこの後者の場合だったら、これは流奈くんの人権侵害なのではないか。

NHKと講談社によって、私たちは一家庭の問題を知ってしまった。この子の人権はどうなるのだろう。親による流奈くんへの大きな人権侵害が進行中である可能性はないか。日木流奈の著者名で、すでに数冊の本が出版されている。私はいま、この子のために、何らかのテストを受けてもらいたいという考えに傾いています。本当に流奈くんが書いているのか確かめるテストを。ただし、公表する必要はまったくないと思う。この家庭とその周りのみでやるべきことです。これは私個人の思いですが。ちょっと前までの先進国では、ドメスティックバイオレンスや家庭内暴力には、警察や法等の公権力は介入しなかった。公共の問題ではないからというのがその理由です。しかし、今は、それがひっくり返っていて、家庭の中であれ、暴力は暴力、犯罪は犯罪だという価値の転換が起きました。「家庭の中の出来事に我々は介入してはいけない」という社会に、我々は今いないのかもしれません。

しかし、お金をさき、時間をさき、この子を歩けるようにさせてあげたいと心から願う親たちに「お前がやっているのは暴力かもしれない。テストしろ」と外部から言えるのでしょうか?重い障がいを持った子どもに、奇跡が起きてほしいと思う親の心は、よくわかるからです。これは本当にデリケートな問題です。だが、いま私はやはりテストが必要ではないかという考えに傾いています。


『異議あり!奇跡の詩人』にとても読ませる箇所があった。「この子のために訓練していると言いながら、実は自分自身が障がい児の親になりたくなかった」。同じドーマン法を、この子の障がいをなおしたいと思ってやっておられた親御さんの手記です。



以上、カエルのメモに基づいて、ボク自身が言葉になおした文章でした。きっといくつか、聞き間違いや聞き逃しがあると思うのですケロ。完璧じゃなくてごめんなさいケロン。

流奈くんの話は、講義の半分以上、1時間にも及んでいましたケロン。授業終了後、学生のみなさんはあらかじめ配られていた質問用紙に熱心に書き込んでいましたよ。そして、森岡さんのところに駆け寄って、『異議あり!奇跡の詩人』はどこの出版社からでているのかと聞いている方もいました。

その後、話は子どもの脳死臓器移植の問題へとうつっていきました。子どもの意思表示は何歳から有効かということを、森岡・杉本案を紹介しながら、解説していました。「子どもの意見を聞くこと。子どもの意見を聞くときに、大人の意見がかぶさること」つまり、これが今日の授業のテーマだったのでした〜。

問題の放送のビデオは流されなかったのですが、森岡さんは、もし見たい人がいればという言い方で、「ネットで奇跡の詩人を検索するといくつもページがヒットします。そこに自主的な上映会の情報が書いてあります」と言っていましたよ。森岡さん、さすがですケロ。ぬかりないです。

そういえば、授業中、入れ替わり立ち替わりではありますが、15人ほどの学生さんが寝てました。今とてもホットな話題『奇跡の詩人』がテーマだったこの授業を、聞きたい人はいっぱいいるであろうのに、本当に聞きたい人たちが聞くことができないなんて、あ〜、もったいない。「大学っていったい何?閉ざされた象牙の塔とはこのことなのかケロ?!」と思ったボクでした。あと、授業開始時と終了時のチャイムが、ウィィィィィィンというサイレンで、ちょっと怖かったケロ。

そんなこんなで、今回のカエルレポはこのへんでおしまい。最後まで読んでくださってありがとけろ〜ん。

(07/13/2002)

・おまけ・

時間の経過とともに、授業の余韻が響く中、その様子がじわじわと思い出されつつあるボク。追記ですケロ〜。森岡さんは『人が否定されないルール』(講談社)
に関して、こんなようなことも言っていました。「この本には実は、いまここで話しているような親子間の問題について書かれているんですよね。自分は否定されずに愛されましたとか、親は自分の思いを押しつけてくるものだとか。この文章だけを切り取れば、とても深いことを言っているのだけれど、もしこれが流奈くんじゃなくてお母さんの言葉であったら、どういうことになるのでしょう・・・?」。難しい問題だというように苦悩しつつも、思わず苦笑いしていたように見えた森岡さんが印象的でしたケロン。(07/14/2002)

・おまけその2・

個人的に面白かったのは、森岡さんの『奇跡の詩人』問題のまとめが、森岡生命学へとつながっていたところです。『異議あり!奇跡の詩人』から引用していた「この子のために訓練していると言いながら、実は自分自身が障がい児の親になりたくなかった」という障がい児を持つ親御さんのアイデンティティ問題については、ズバリ『無痛文明論2』で書かれていましたもんね。あ、でも森岡さんは「『無痛文明論2』は徹底的に書き直します」と常々おっしゃってましたっけ。け〜ろろん。(07/14/2002)

 

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