Kael Studies Homepage > このページ

 

カエルのケロケロレポート
2006年8月13日

宮台私塾 思想塾 公開トークイベント
in 三省堂書店
「ライフ・ポリティクス」の現在
 〜教育・労働・メディアを中心に〜

 

お久しぶりケロ。真夏の気配を感じて、長い冬眠から目覚めたカエルです。森岡正博さんが、宮台真司さん主催の思想塾の公開イベントに出演するとの情報を聞きつけ、起きたばかりの寝ぼけた状態で、三省堂の神田本店に向かったボク。あまりに長く眠ってしまったので、今回はぼんやりとしたとりとめのないレポートですけろん。というか、ぼんやりレポは毎度のことで、今回に限ったことではないのかも(笑)。そんな相変わらずの、ゆるーい感じで、お久しぶりの森岡トークを、レッツ・レポート!

三省堂書店に着いて、さっそくエレベータ乗り場へ。「思想塾は8階です」の張り紙に従って会場に入りました。イベントテーマは「ライフ・ポリティクスの現在」とのこと。「ライフ・ポリティクス」を簡単に言うと、「生の政治学」という意味らしいのですが、カエルにはイメージが掴めず、ちんぷんかんぷん。そうでなくてもさっき起きたばかりのボクにとっては難解です。どうやら、フランスの哲学者、ミシェル・フーコーがよく使った用語のようですケロ。では、みなさんのトークに耳を傾けてみましょう〜。

森岡さんと宮台さんのほかには、社会学の赤川学さん、性風俗研究の松沢呉一さんが出演していました。そして、思想塾の方と思われる首都大学東京の大学院のお二人が司会とトークの補足を担当していました。


以下は、イベント前半部分の森岡さん発言を中心としたボクのメモですケロ。ボク自身が言葉になおした文章なので、きっといろいろな間違いがあると思うのですケロ。完璧じゃなくてごめんなさいケロン。

森岡さん:生命倫理でポリティクスが面白くなる。私と杉本健郎さんが共同提案した臓器移植法の改正案を元にした法案が次の国会にあがります。自分もいま、ポリティクス=政治に片足をつっこんでいる。先日、アメリカで生命倫理の大きな会議があり、行って来た。ES細胞を解禁する法律に、ブッシュ大統領は就任以来はじめて拒否権を発動した。アメリカではリベラルな生命倫理が一方にあり、同じくらいの勢力として保守派の生命倫理がある。「自己決定でいって良い」vs「ガンガンいくのダメ」の二派。保守派の裏にはキリスト教があります。しかし、会議の前に面白いことがあった。車椅子に乗った障がい者の団体が乗り込んできて、会議場でプロテストした。いままさに社会から振り落とされそうになっている、家族から殺されそうになっている障がい者にとっては、障がい者抜きの議論は欺瞞だ、リベラルも保守も欺瞞だ、というのです。彼らは、主催者側と取引して、会議前に自分たちの意見を言う時間をもらうことで決着していました。そんなわけで会議は遅れてスタートした。

森岡さん:アメリカはねつ造された二元論の夢を見ているのではないかと、私は思う。括弧付きの「リベラリスト」、心情左翼の私。しかし、保守派の言う生命の尊厳論に、正しいものの一瞬のきらめきを見る。アンタッチャブルなものを見る。もちろん、神さまということを排除して考えて。保守の言いたい尊厳とは、「あなたがあなた自身のしたいことをやることによって私はつらい」ということ。「ほっといてくれ」という自己決定リベラル派の意見では片づけられない。しかし、保守派はきちんと論理化できていない。

森岡さん:個人の尊厳・感情を、法・規制に結びつけるためには、ハードな強い論理過程が必要になる。論理化の基礎研究をするべきだと思う。私は脳死臓器移植に関して、一貫して慎重派です。しかしいまメディアでは、お涙ちょうだい番組しか作れなくなっている。論理過程がすっとばされたポピュリズムがメディアにはある。メディアの問題構成力に問題がある。


宮台さんは出演者それぞれの意見をすくってまとめて、「感情の正当性」というひとつのテーマを導きだしていました。ある人が「不快だ。気持ち悪いからやめてくれ」と言ったときに、言われた人が「ほっといてくれ。勝手だろう」で片づけることができるのかどうか、ということ。「不快だ」という意見があったときに、単に声が大きい人の意見が通っていくのではなく、「こういう理由だから、みんなやめようよ」とちゃんと説得的に言えること。「感情の正当性」の根拠を問うこと、これが本日のメインテーマなのですケロ。

そして、宮台さんは「感情の論理化を自分もやろうとしているが、これは難しい。泥沼。不可能に思われるかもしれないが、やらなければならない」と前半戦を締めくくっていました。その発言を聞いて、宮台さんが思想塾を立ち上げた理由のひとつはそこにあるのか?!と妄想したボク。とても印象的に聞こえましたケロン。


ここからは、後半戦です〜。

森岡:(「不快だ」と言ったとき「勝手だろう」では二つの島宇宙ができて不毛な二元論になる。それをどうやって緩和してゆくか?短期的にではなく長期的に、ハードな論理的根拠を提供してゆけるか?との問いに対して)自分を実験台として、やってみたい。政治的立場は違うが、全く違う立場の人の気持ちが理解できるのではないか。

 

と、ここで宮台さんが、森岡さんの著書『感じない男』について「自分もゼミの学生も、森岡と同じところは「赤」、違うところは「青」で線を引っ張った」と語り、場内は大ウケ。本イベント一番の笑いの渦が起きたのでした。

 

森岡:(「社会の懐の深さ」というキーワードが宮台さんから出されて)たしかに「懐の深い」社会がかつてはあったというのは事実。だけど、その「懐の深さ」の陰に隠れて、表に出ない暴力や虐待があったということも忘れてはいけないだろう。規制に関して言えば、ドーピングや遺伝子操作を、法律で規制するのではなく、「それはやめておいたほうがいいんじゃないか」という知恵を社会のなかに育てていくというやり方もあるのではないか。

森岡:(何が感情の壊れであるのか、何が感情の正常なものであるのか、という問いに)無理矢理、生命倫理の問題に落として考えると、人の遺伝子操作がすすんでいけば、ある種の支配的グループが合法的にマイノリティグループの出生を排除していく社会が来るかもしれない。ヒトラーがやろうとしていた世界。新しい種類の優生学。そのとき、このような『素晴らしき新世界』を拒否する論理が構築できるのか。机上の空論と言われようと、いま考えておかなければならない。『感じない男』は「私は壊れていました」という本。府民の税金で食べているからこそ、書かなきゃいけない義務があったと、ちょっと思う。



確かに、宮台さんは首都大学東京、森岡さんは大阪府立大学で、それぞれ都民と府民の税金が投入されている大学の先生ですケロ。また、赤川さんは終わり際に「社会学には日本列島改造論を言える人、坂本龍馬のような人、ソーシャルデザイナーがいない。宮台さんになってほしい」と言っていました。言われたほうの宮台さんはまんざらでもないように見えたケロン(笑)。赤川さんは67年生まれで、宮台さんは59年生まれ。赤川さんが8歳年下ということで、イベントスタート時から赤川さんは宮台さんを意識していて、「宮台さんの後はやることがないから歩けない」というようなことを語っていましたケロ。また、宮台さんは「結婚すると読者が離れるけどそれでもいいのか」と結婚相手に言われたとおノロケ告白。お相手は「ここ(三省堂)にいた人」とのこと。へえ、そうなんだけろ〜ん。

そんなこんなで、約三時間弱のイベントはおしまい。
相変わらず、全体像が伝えきれていないいいかげんなお気楽レポです。まさに本日のテーマである、「論理化の作業」の肝心な部分をすっとばしたようなお気軽さ。参考にならないところが多いと思いますケロ。ほんとにごめんなさいケローン。そして、こんなレポートを最後まで読んでくださって、どうもありがとうけろろん。

 

・おまけ・

ほぼ満員の会場の男女比は、男性9割、女性1割に見えましたよ。「塾」という言葉を聞いて、まずボクがイメージするのは、政治塾!たとえば、政治家をたくさん輩出している松下政経塾とか。・・・・・宮台さんの思想塾設立動機の背景には、平成維新の現場になりたいという気持ちが少しあるのかなあ〜、とすると、男性の、社会を変えたい願望や、平成維新願望を満たす何かが宮台さんの思想塾にはあるのかなあ〜、ってことは、男性が多く集まるのも納得だなあ〜・・・・、なあんて、勝手なことを、ボケボケした頭でぼんやり思ったカエル。相変わらずの独断偏見が炸裂です。見当違いだったらごめんねケロン!

 

・おまけその2・

今回のイベント、正直に言ってとってもおもしろかったです!個人的には、やっぱり宮台さんと森岡さんの同世代的トークがすごーくツボでしたけろん。同世代のトークではなく、同世代「的」なトーク。ものすごく知的なお話をしているのだけれど、まるで世間話をしているかのように、言葉がボールになってポンポンポンポンとつながっているように聞こえました。同じ歳のお二人。共有している意識のようなものがあるのかなあ、なんて、これまた勝手に思ったボク。

・おまけその3・

おもしろいといえば、アメリカの「おもしろいねじれ現象」のお話。
−−−−米国右翼と日本左翼が接近。青木書店の話とかーーー

そして、カエルの能力不足や集中力不足から、トークの核心的部分や、松沢さんと赤川さんの発言がきちんとフォローできておりませんことを、重ねておわび申しあげますケロ。

 

 

Kael Studies Homepageへ戻る