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渡り鳥の宿
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峠を越えて、川を渡ったところに、その宿屋さんはあるの。包み込むのは木のにおいと畳のにおい。どうしてかな、なんだか懐かしいの。お座敷から三味線の音が聞こえる気がする。きっとここは、昔読んだあの小説の宿なんだわ。大正の時代に、憂鬱から旅に出た高等学校の学生が泊まった宿。ととんとんとん、激しい雨の音の遠くに踊り子の打つ太鼓の響きが微かに生まれる。
日の射す温泉の湯気の向こうには、学生さんのまぼろし。汽船の欄干にもたれて、大島を一心に眺めてる。この宿にはもういない。彼は涙がぽろぽろこぼれるのを隠しもしない。エリスはひんやりした浴衣に腕を通して、渡り鳥の気持ちになるの。前の竹林で小鳥が思いのままに鳴いている。鳴き声は汽笛とひとつに融け合う。